データで読み解く途上国経済

途上国の金融包摂:データで見るデジタル化とグローバルビジネスへの示唆

Tags: 途上国経済, 金融包摂, デジタル化, FinTech, ビジネス機会

はじめに:金融包摂はなぜ途上国経済において重要か

グローバル経済における途上国の重要性が増すにつれ、その経済構造や消費市場の動向をデータに基づいて理解することが、グローバルビジネスを展開する上で不可欠となっています。特に近年注目されているのが「金融包摂(Financial Inclusion)」の進展です。金融包摂とは、すべての人々、特にこれまで伝統的な金融サービスから排除されてきた人々が、銀行口座、保険、ローン、決済サービスといった金融サービスにアクセスし、利用できる状態を指します。

途上国において金融包摂が進むことは、個人にとっては貯蓄や投資、事業拡大、そして緊急時の備えを可能にし、貧困削減や生活水準の向上に直結します。また、経済全体にとっては、非公式経済の公式化、国内貯蓄の増加、中小企業の資金調達促進、そしてデジタル決済の普及による経済活動の効率化をもたらします。これは、単なる社会課題の解決にとどまらず、新たな消費市場の創出やビジネスモデルの変革といった形で、グローバルビジネスに新たな機会をもたらすものです。

本稿では、途上国における金融包摂の現状をデータから読み解き、特にデジタル技術がこの進展にどのように貢献しているのか、そしてそれがグローバルビジネスにとってどのような示唆を持つのかを解説します。

途上国における金融包摂の現状:データが示すトレンド

世界の金融包摂の状況を示す最も一般的なデータの一つに、世界銀行が発表する「Global Findex Database」があります。このデータによると、成人人口における銀行口座またはモバイルマネー口座の保有率は、過去10年間で顕著に上昇しています。

例えば、図1が示すように、2011年には世界の成人人口の約半数しか金融機関に口座を持っていませんでしたが、2021年にはその割合が76%にまで増加しました。特に途上国(高中所得国を除く開発途上国)においては、この進展はより劇的であり、例えばサブサハラ・アフリカでは同期間に口座保有率が2倍近くになるなど、多くの地域で大幅な改善が見られます。

このデータの背後にある要因は多岐にわたりますが、後述するモバイル技術の普及が決定的な役割を果たしていることは明らかです。また、女性や低所得層といった、これまで金融サービスへのアクセスが限られていた層における口座保有率の改善も重要なトレンドです。しかし、地域や所得階層による格差は依然として存在しており、金融包摂をさらに進める余地は大きいと言えます。

デジタル化が牽引する金融包摂:モバイルマネーとFinTech

途上国における金融包摂の加速を語る上で、デジタル技術、とりわけモバイルマネーの役割は避けて通れません。多くの途上国では、伝統的な銀行支店のインフラが十分に整備されていない一方で、携帯電話、特にスマートフォンとモバイルインターネットの普及率が急速に高まっています。

グラフ2が示すように、モバイルマネー口座の保有率は、特にサブサハラ・アフリカや南アジアといった地域で、金融機関口座全体の伸びを上回る勢いで拡大しています。これは、モバイルマネーが銀行口座を持たない人々にとって、初めてアクセス可能な金融サービスとなっていることを意味します。携帯電話一つで送金、支払い、貯蓄、さらには小額の融資や保険といったサービスが利用できるようになることで、地理的な制約や最低預金額といった従来の障壁が劇的に低下しました。

さらに、近年ではFinTech企業の台頭が、モバイルマネーの利便性を高め、多様な金融サービスを途上国の消費者に届ける役割を果たしています。これらの企業は、人工知能を活用した信用スコアリング、ブロックチェーン技術を用いた送金システムの効率化、あるいは新たなデジタル決済プラットフォームの開発など、革新的な技術を導入しています。こうしたデジタル化の進展は、途上国の金融インフラを根底から変えつつあり、金融包摂の新たな局面を切り開いています。

金融包摂の進展がグローバルビジネスにもたらす示唆

途上国における金融包摂の進展は、グローバルビジネスにとって見過ごせない変化をもたらしています。

まず、新たな消費市場の出現と拡大です。これまで銀行口座を持たず、現金を主として取引していた人々がデジタル決済や貯蓄手段を得ることで、公式な経済活動への参加度が高まります。これにより、以前はリーチできなかった層が、オンラインショッピングを含めた様々な商品・サービスを購入する潜在的な顧客となり得ます。グラフ3が示すように、モバイルマネー利用者のオンライン取引額は増加傾向にあり、これはデジタルコマースの成長とも密接に関連しています。

次に、決済インフラの変化への対応が求められます。途上国市場でビジネスを展開する企業は、従来の銀行送金や現金決済だけでなく、モバイルマネーや現地のデジタルウォレットといった新たな決済手段への対応が必須となります。これは、現地での販売戦略やサプライヤーへの支払い方法など、オペレーション全体に影響を与える可能性があります。

さらに、新たなビジネス機会も生まれています。金融包摂のニーズに応える形で、マイクロファイナンス、デジタル保険、オンライン教育プラットフォームの決済連携、遠隔医療サービスの支払いシステムなど、デジタル技術を活用した革新的なサービスへの需要が高まっています。グローバル企業は、自社のコアコンピタンスと現地のニーズ、そしてデジタル金融のインフラを組み合わせることで、これらの成長市場に参入する機会を探ることができます。また、途上国のFinTech企業とのパートナーシップも有効な戦略となり得ます。

まとめ:データに基づいた戦略策定の重要性

途上国における金融包摂の進展は、単なる経済指標の改善にとどまらず、社会構造の変化や新たなビジネス機会の創出を示唆する重要なトレンドです。デジタル技術、特にモバイル技術がこのプロセスを劇的に加速させており、これまでの途上国ビジネスの前提を覆しつつあります。

グローバルビジネスに携わるビジネスパーソンは、Global Findexのような信頼できるデータソースや、各国のモバイルマネー普及率、デジタル決済に関する規制動向などを継続的にモニタリングし、これらの変化が自社のビジネスに与える影響を深く理解する必要があります。データに基づいた客観的な分析を通じて、新たな顧客層へのアプローチ、効率的な決済戦略の構築、そして成長が見込まれる新規事業領域への参入といった、具体的なビジネス判断に結びつけることが求められています。

途上国の金融包摂はまだ道半ばですが、その潜在力は非常に大きく、データが示すトレンドを正確に捉えることが、今後のグローバルビジネス成功の鍵となるでしょう。