データで読み解く途上国経済

データで読み解く途上国の非公式経済:その規模、構造、そしてグローバルビジネスへの示唆

Tags: 非公式経済, インフォーマルセクター, 途上国経済, 雇用, グローバルビジネス, データ分析

はじめに:途上国経済を理解する上で不可欠な「非公式経済」

途上国経済のダイナミズムを捉える上で、公式な経済統計だけでは見えにくい側面が存在します。その一つが「非公式経済」、あるいは「インフォーマルセクター」と呼ばれる領域です。これは、政府の規制や課税、社会保障制度の枠外で営まれる経済活動全般を指します。小規模な露天商、家内制手工業、個人タクシー、日雇い労働などが典型例ですが、実際にはさらに多様な形態を含みます。

グローバルビジネスに携わるビジネスパーソンにとって、途上国の非公式経済は一見無関係に思えるかもしれません。しかし、このセクターは途上国の雇用や所得において大きな割合を占めており、消費パターン、労働慣行、法規制、さらにはサプライチェーンの構造にも影響を与えています。非公式経済の規模や特性をデータから理解することは、途上国での事業展開におけるリスクを管理し、新たな機会を発見する上で不可欠です。本記事では、非公式経済の現状をデータに基づき解説し、それがグローバルビジネスにどのような示唆を与えるのかを考察します。

非公式経済の規模と構造:データが示す実態

非公式経済は公式な統計網から漏れるため、その正確な規模を把握することは困難です。しかし、国際労働機関(ILO)や世界銀行などの国際機関は、様々な手法を用いてその規模を推定しています。

例えば、図1が示すように、世界的に見ても非公式経済は特に途上国で大きな割合を占めています。ILOの2018年の推定によると、世界全体の雇用者数の約6割が非公式経済に従事しており、これは労働人口の約半分に相当します。地域別に見ると、アフリカでは雇用の85.8%、アジア太平洋地域では68.2%が非公式経済に属すると推定されています。中南米でも53.1%と比較的高く、非公式経済が途上国の労働市場の大部分を占めていることが分かります。

非公式経済の構造的多様性

非公式経済は単一のまとまりではなく、多様な構造を持っています。 * セクター別: 農業や非農業(製造業、建設業、サービス業など)の広範な分野にわたります。特に都市部では、露天販売、交通サービス(バイクタクシーなど)、零細な修理業や製造業、家事サービスなどが中心となります。 * 従事者の属性: 貧困層、低学歴者、女性、若者、農村からの移住者などが多くを占める傾向があります。正規雇用の機会が限られる中で、生計を立てるための手段としてこのセクターに流入する人々が多いのが実情です。 * 事業形態: 自営業者(一人親方、露天商など)、家族経営の零細企業、小規模な雇用者などが含まれます。多くの場合、資本投下は少なく、生産性も低い傾向があります。

グラフ2は、ある途上国における非公式経済従事者の属性別の割合を示しています。これを見ると、特定の属性が非公式経済の主要な担い手であることが読み取れます。

非公式経済のデータ収集には、家計調査や労働力調査における非公式セクターに関する特別モジュール、企業の非公式部門への関与度調査、あるいはマクロ経済モデルによる間接的な推定など、様々なアプローチが用いられます。これらのデータは不完全ながらも、非公式経済が途上国経済の根幹を成す重要な要素であることを示唆しています。

グローバル経済・ビジネスとの関連性

非公式経済は、グローバル経済やビジネスとも無関係ではありません。むしろ、様々な形で相互に関連しています。

サプライチェーンにおける接点

途上国の多くの産業、特に農業や一部の製造業においては、グローバルなサプライチェーンの川上に非公式な小規模生産者や仲介者が存在することがあります。例えば、農産物の集荷や一次加工、あるいは衣料品の委託生産の一部などが非公式セクターで行われている場合があります。グローバル企業が調達を行う際、サプライチェーンの透明性確保や労働環境、品質管理といった課題に直面することがあります。図3は、ある商品のサプライチェーンにおける非公式セクターの関与を示唆するデータ例です。

消費市場としての非公式経済

非公式経済に従事する人々は、所得水準が低い傾向がありますが、その規模は膨大です。彼らは途上国内の消費市場の一部を形成しており、特定の安価な商品やサービスに対する需要を生み出しています。彼らの消費行動やニーズを理解することは、途上国のマスマーケット攻略を考える上で重要です。また、彼らの所得や購買力は、非公式経済全体の動向に大きく左右されます。

規制・税務・コンプライアンスへの影響

非公式経済が大きい国では、税収基盤が弱く、政府の財政能力が制限される傾向があります。また、労働法規や環境規制などが非公式セクターには十分に適用されず、コンプライアンス上のリスクや不公平な競争環境を生む可能性があります。グローバル企業が現地で事業を行う際には、これらの問題を十分に考慮し、適切なリスク管理策を講じる必要があります。

フォーマル化の動向

多くの途上国政府は、非公式経済を公式な経済システムに取り込む「フォーマル化」を政策目標としています。これは、税収増、労働者の権利保護、生産性向上などを目的としています。フォーマル化の進展は、労働市場の構造変化、規制環境の変化、新たなビジネス機会の創出など、グローバルビジネスにも影響を与える可能性があります。例えば、零細事業者が公式登録され、税務申告を行うようになることで、信用へのアクセスが向上し、事業拡大の機会が生まれることもあります。

グローバルビジネスへの示唆

非公式経済の存在は、途上国でのビジネス展開において、以下のような示唆を与えます。

まとめ

途上国の非公式経済は、その規模、構造、そしてグローバル経済との関連性において、ビジネスパーソンが理解すべき重要な要素です。公式データだけでは見えにくいこの巨大な経済領域は、途上国の雇用、所得、消費に大きな影響を与えています。

データが示すように、非公式経済は多くの途上国で労働市場の過半を占め、サプライチェーンの一部にも深く関与しています。この現実を無視しては、途上国市場のリスクを適切に評価し、潜在的なビジネス機会を十分に引き出すことはできません。

グローバルビジネスを展開する上では、非公式経済の規模を様々なデータ(推定値、調査データなど)から推測し、その構造や従事者の特性を理解することが重要です。これにより、市場評価の精度を高め、サプライチェーンにおける潜在的なリスクを管理し、さらには非公式セクターのニーズに応える新たなビジネスモデルを開発するヒントを得ることができます。

フォーマル化の動きは、非公式経済の構造を変化させ、新たなビジネス環境を生み出す可能性があります。これらの動向を注視し、データに基づいた客観的な視点を持つことが、途上国経済での成功に向けた重要な鍵となるでしょう。